有田健太郎のミニ小説のコーナーです。


by ariken_novel

渡り廊下の幽霊

 卒業式、その日はよく晴れていた。
3階南渡り廊下に平行四辺形になってくっきりと落ち込む窓からの光を見ていた。
その男子高生は、壁によりかかり一人の女子を待っていた。
最後にどうしても伝えたいことがあったのだ。


 運動部に属していた彼は、休憩時間になるとこの3階渡り廊下の水場へやって来た。
1、2階は先輩やレギャラー達が独占してしまうため、待たずに水を飲むには3階まで上がった方が早かったのだ。

 夏休みのとても熱い日だった。
いつものように3階まで駆け上がった彼は、途切れることなく水を飲み続けた。
少し落ち着くと今度は蛇口の下に頭を突っ込み、気温よりは幾分冷たい水を勢いよく出して首筋を冷やし始めた。
飛び散った水が当然のように床に佇んでいた。

 荒っぽくタオルで汗水を拭き上げる彼は、廊下に立ってじっとこちらを見ている彼女に気づいた。
平行四辺形の向こう、光と影の渡り廊下は彼女の陰影を濃くしていた。
文化部だった彼女はたまたまそこを通りかかったのだ。

 ほんの些細な出来事で、一瞬にして落ちてしまう恋がある。
しかし、彼がそんなことを知るわけがなかった。


 あまり人が通らない3階南渡り廊下とはいえ、その日は卒業式。
数人の仲間達が手を振り通り過ぎて行った。
 たくさんの思い出や友人との別れ、晴れ晴れしさ、苛立たちさ…。
様々な感情が彼をよい具合に感傷的にさせていた。

 やがて静まり始めた校舎にチャイムが響き渡った。
彼女は現れなかった。


 あの日、3階北渡り廊下で遅くまで一人突っ立っている彼女がいた。
仲間からその話を聞いたのは、卒業してからしばらく経ってのことだった。
彼は、式前に彼女に渡したメモの説明を思い返し複雑な思いで笑った。

 話はここで終わりでもよかった。
しかし、年月が流れてゆくとともにその学校ではこんな噂が流れはじめた。
卒業式になると3階南渡り廊下に告白しきれなかった男子高生の幽霊がでる。
 もっとも、そんな噂がたっていることなど彼には及ばぬところだった。


 あの日の男子高生も、例外なく皆とおなじように大人になっていた。
 そう、今日はあれから十数年ぶりの同窓会なのだ。

 たくさんの会話が、至る所で花開いていた。
長い時間を遡ったり戻ってきたり、時には立ち止まり未来へも向けられたり。
それぞれが美化された揺るぎない想い出に心をやさしくしていた。

 宴の熱気は一向に衰えを見せないまま終盤にさしかかろうとしていた。

 両手で髪を整え、深呼吸して立ち上がった一人の男性がいた。
彼は彼なりの、めいっぱいやさしい笑顔を作ってみた。

 その後ろ姿は、すっかり大人になったいつかの女子の元へと向かってゆく。


 彼が彼女とどんな話をしたのか。
それは今年の卒業式の日、あの渡り廊下に行けば分かる。
[PR]
by ariken_novel | 2011-03-20 16:38